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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)1122号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中村康彦、同日下部昇の上告趣意第一点は、憲法三八条一項違反にいう判旨が、外国人登録法三条一項の規定が本邦に不法に入つた外国人にも適用されると解し、これに違反した者に対し同法一八条一項の罪の成立を認めることとしても、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要したことにならないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二九年(あ)第二七七七号同三一年一二月二六日判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁、同四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五五四頁。なお、最高裁昭和五三年(あ)第一一号同五四年五月二九日第三小法廷判決・刑集三三巻四号三〇一頁、昭和五四年(あ)第一一二号同五六年一一月二六日第一小法廷判決・刑集三五巻八号八九六頁各参照)の趣旨に徴し明らかなところである。もつとも、判旨記録によると、被告人の居住地を管轄する大阪市生野区役所においては、不法入国外国人の登録申請を受理するにあたり、旅券に代わるべき書面として提出を求める陳述書及び理由書に、不法入国に関する具体的事実の記載を示唆する取扱いをしていた事実が認められるが、同区役所においても、右陳述書及び理由書に、不法入国に関する具体的事実の記載をするのでなければ外国人登録の申請を適法なものとはしないという取扱いをしていたとまでは認められないから、かかる取扱いのもとにおいて、本邦に入国したのち法定の期間内に登録申請手続をしなかつた被告人に対し外国人登録法三条一項違反の罪の成立を認めることが憲法の前記規定に違反するものでないことも、前記各大法廷判例の趣旨に徴し明らかであるといわなければならない。所論は理由がない。

同第二点は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四〇八条により、裁判官横井大三、同伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官横井大三、同伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

外国人登録法三条一項、一八条一項の規定を本邦に不法に入つた外国人にも適用することが憲法上是認されるのは、外国人登録申請手続が、刑事責任の追及を目的とする手続でも、そのための資料収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないうえに、同法一条所定の行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度であると考えられるからであつて、このことは、法廷意見の引用する当裁判所第一小法廷判決(昭和五四年(あ)第一一二号同五六年一一月二六日判決)の説示するとおりである。このように、不法入国外国人にも外国人登録申請の義務を課し、その違反に刑罰をもつてのぞむことが憲法上是認される理由の一つが、同法一条所定の行政目的との関係にあることからすれば、外国人登録に関する現実の取扱いにおいても、右行政目的を達成するために必要かつ合理的とされる限度をこえて外国人の入国に関する秘密の開示を求めることの許されないことは当然であつて、もし現実の取扱いにおいて、右の限度をこえて秘密の開示を求める取扱いがされていると認められるときには、いわゆる適用違憲の問題を生ずる余地があると解すべきである。

ところで、本件記録によると、被告人の居住地を管轄する大阪市生野区役所においては、不法入国外国人の登録申請を受理するにあたり、旅券に代わるべき書面として一般に提出が求められている陳述書(法務省入国管理局・外国人登録事務取扱要領第五・2・(2)・(へ)参照)のほかに、理由書と称する書面の提出をも求め、これらの書面に、不法入国に関する具体的事実(不法入国の動機、入国の日時・場所等)の記載を示唆する取扱いをしていた事実が認められる。しかし、「外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、もつて在留外国人の公正な管理に資する」という外国人登録法一条所定の行政目的を達成するために、申請者の特定に関する事項やその住所・居所さらには家族関係に関する事項とは関連のない、不法入国に関する具体的な事実を申告させる合理性、必要性があるとは考えられない。しかも、係官からこれらの事項の記載を示唆された申請者としては、これを記載しない限り申請が受理されないものと誤解して、事実上その意見に反して、自己の不法入国という犯罪に関する具体的事実の記載を余儀なくされることもありうると考えられるのであつて、生野区役所における外国人登録に関する前記のような取扱いは、憲法三八条一項の保障を実質上侵害するおそれがあり、相当でないというべきである。しかしながら、同区役所において、陳述書及び理由書に不法入国に関する具体的事実の記載をするのでなければ外国人登録の申請を適法なものとしないという取扱いをしていたとまでは認められない以上、不法入国外国人につき外国人登録法三条一項違反の罪の成立を認めることが憲法の前記規定に違反するといえないことは、法廷意見の説くとおりである。

(横井大三 環昌一 伊藤正己 寺田治郎)

弁護人中村康彦、同日下部昇の上告趣意

第一点 原判決は憲法三八条一項に違反するものである。

一審判決は「被告人の判示所為は外国人登録法三条一項に違反し、同法一八条一項一号に該当する」として同法を適用しているが、外国人登録法(以下外登法という)三条一項所定の新規登録申請義務は不法入国者には適用されないと解するのが憲法三八条一項に適合する解釈であり、従つて外登法一八条一項一号は不法入国者の不申請行為を処罰するものではないのであつて、一審判決は明らかに法令の適用を誤つているというべきであり、これを肯認した原判決は憲法三八条一項に違反するものである。

一、憲法三八条一項は「何人も不利益な供述を強要されない」と規定する。この規定は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであり(最高裁大法廷判決昭和三二年二月二〇日)、この保障は、純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用も一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものである(最高裁大法廷判決昭和四七年一一月二二日)。

二、外登法三条一項は「本邦に在留する外国人は、本邦に入つたときはその上陸の日から六〇日以内に、その居住地の市町村の長に対し、①外国人登録申請書一通、②旅券、③写真三葉を提出し、登録の申請をしなければならない」と規定する。そして同法施行規則二条は、外国人登録申請書には別記第一号様式の所定事項を記載しなければならないとして、「①氏名及び性別、②生年月日、③職業、④国籍、⑤旅券番号、⑥旅行発行年月日、⑦上陸した出入国港、⑧上陸許可年月日、⑨在留資格、⑩在留期間、⑪出生地……」を心要的記載事項として要求しているのである。なおここにいう「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」というのは、いずれも出入国管理令(以下入管令という)に定めるそれをいい、同令の「出入国港」とは外国人が出入国すべき港又は飛行場で法務省令で定めるものをいうとされている(同令二条八号)。従つて、外国人が本邦に上陸する場合には、旅券を所持していなければならず(同令三条、六条)、入国審査官による審査を受けて上陸の条件に適合していると認定されれば旅券に上陸許可の証印が押捺され同時に在留資格や在留期間の決定を受け、その旨を旅券に表示されることになる(同令七条ないし九条)。

以上のように外登法三条の新規登録申請は、旅券の提出を前提とし、そこに記載されている内容を申請書に記載することを要求しているのである。同法四条に規定する外国人登録原票、同法五条に規定する登録証明書もすべて旅券および申請書に基づいて登録・記載されるのである。

三、外登法施行規則三条一項は、「市町村の長は、法三条一項(新規登録)の申請があつた場合において、法四条一項(登録原簿への登録)の登録をするときは、その外国人の旅券に基いて、申請事項を審査し、それらが真実であることを確認しなければならない」と規定し、同法一五条の二は、一項において「市町村の長は、三条一項の申請があつた場合において、申請の内容について事実に反することを疑うに足りる相当な理由があるときは、外国人登録の正確な実施を図るため、その職員に事実の調査をさせることができる。この場合において、必要があるときは当該申請をした外国人に出頭を求めることができる」、二項において「前項の調査のため必要があるときは、市町村の職員は、当該申請をした外国人その他関係人に対し質問をし、又は文書の提示を求めることができる」と規定する。

更に、新規登録申請手続は、通常、以上の規定をこえて、申請書や株券のほか陳述書や理由書を提出させて、申請事項の内容や本邦に在留することとなつた事情等を説明申告させているのである(生田八郎に対する証人尋問調書)。

四、以上のような法の定め方および申請手続の実際によれば、不法に本邦に入国した外国人が新規登録申請をする場合には、旅券が提出できず、申請書に旅券関係事項および「上陸した出入国港」「上陸許可年月日」「在留資格」「在留期間」を記入できないこと自体が不法入国の告白であるのみならず、その間の事情を前記陳述書あるいは理由書により、また市区町村の職員の質問によつて明らかにせざるをえない仕組となつているのであつて、実質的にみれば、右申請は、同時に不法不国事実の申告そのものであることが明らかである(大阪地裁判決昭和四八年三月三〇日、判例時報七〇九号一一四頁)。

この点につき、大阪高裁昭和四九年七月一七日判決(同七五三号九七頁以下)は、「外国人登録申請に際して旅券を提出しなかつたこと、これらの事項につき空欄のままの申請書を提出したことをもつて不法入国罪の告白であり、自認であるということはできない。ただし、自動車運転者は一般に免許を有し、免許証の携帯が義務づけられ、警察官から提示を求められたときは、これを提示しなければならないが、免許証の不提示が無免許であることの告白、自認であるということはできないし、捜査官の取調べに対し黙秘権を行使した黙秘調書が、自認・自供調書でないのと同じである。……沈黙は沈黙そのものであつて、それ自体としては無色無意味であり、ただ周辺の諸般の事情からそのような態度に出たことをもつて、ある事項を推測させる一要素となることがあるにすぎないのであつて、前記のような記載事項を空欄にしたままの新規登録申請が同時に不法入国の申告そのものであるとするのは独断的見解であつて、とうていこれを容認できない。」と判断する。

しかしながら、ここで問題としているのは、不法入国者に、新規登録義務に基いて登録申請を強制することが不法入国の告白になるかということであつて、入国審査官等に登録証明書の呈示を求められた場合(外登法一三条二項)のことではない。およそ、捜査機関からの取調べに対し消極的に黙秘する場合と、登録義務に基づいて自発的に登録申請をしながらその一部(旅券関係事項や在留資格・在留期間)については、積極的に黙秘した場合とその後の法的規制が全く異なつていることは前述のとおりである。二の二つの場合を同一視することは黙秘権の内容としてとうてい肯認できないものである。

五、つぎに、右登録申請と不法入国者に対する刑罰手続との関係について、前記大阪地裁判決は次のように述べている。「外国人の不法入国は、出入国管理令三条に違反し、同令七〇条一項により三年以下の懲役若しくは禁錮または一〇万円以下の罰金に処せられることになつているから、刑事訴訟法二三九条により、不法入国者の新規登録手続を受けつけた市区町村の職員はこれを捜査機関に告発しなければならず《証拠略》によれば、実際に右告発が実行されているほか、出入国管理令六二条二項五項によれば、不法入国者から右申請を受けた市区町村の職員は所轄の入国審査官または入国警備官に対して通報しなければならず、入国審査官は同令六三条一項により不法入国者を告発することになつているのである。そして前記のとおり不法入国者の新規登録申請が同時に不法入国の申告そのものである以上、右告発がたんなる捜査の端緒にすぎないものではないこともおのずから明らかであろう。

すなわち、不法に本邦に入国した外国人にも外登法三条一項の新規登録申請義務ありとすれば、これらの者は右登録申請をしないことによつて不申請罪の刑罰を科されるか、申請することによつて不法入国罪の刑罰を科されるかのいずれかの途を選ばざるを得ないという進退両難の立場に立たされるのである。かくて、右登録申請義務は自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項についての供述を刑罰をもつて強要することにほかならないから、憲法三八条一項に反するものといわなければならない。

そこで最後に、憲法三八条一項の自己負罪拒否の特権の保障と外国人登録の必要性との関係について考察するに、右自己負罪拒否の特権が保障される根拠は、強要された不利益な供述は真実を誤る虞が強いこと、拷問の弊害を一掃すべき歴史的事情のほかに、自己を有罪に導くような供述を強要することは個人の人格の尊厳を守るゆえんではないとの近代的個人主義ないし人道主義の精神にあると解すべきであつて、このことは、領土内に居住するすべての一般人について、日本人であると否とを問わず、その居住関係や身分関係を明確ならしめる必要があるからといつて、所在をくらましている犯罪人に対してもその居住関係、身分関係を申請させるなかで自首を強制するような制度が到底容認できないことから明らかである。外登法は、本邦に在留する外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資する必要から登録制度をとり、在留外国人に登録申請義務を負わせているのであるが、ことは基本的人権の尊重を基本とすべき民主主義国家の法制度のあり方にかかる問題であつて、法律によつて基本的人権を制限できる場合があるとしても、それはきわめて高度の公共的価値を実現すべき事情ある場合に限られるべきところ、外国人管理のためのその居住関係および身分関係の明確化が日本国民の居住関係および身分関係の把握以上に重要であるとはいえ、憲法三八条一項の保障する自己負罪拒否の特権を奪つてまで登録申請義務を強要しなければならない特段の事情は認めることができない。

従つて外登録は、本邦に不法に入国した外国人に対しては、同法三条一項の登録申請義務を科してはいないと解すべきである」と判示している。

右判示は本件においてもそのまま妥当する。

六、ところが原判決は、前述の新規登録手続についての法の定め方および実際のやり方に関し、実質的に自白の強制になるか否かの判断を放棄し、形式的に法の定め方と実際のやり方をそれぞれ分断してしまい、個々的に自白の強要になつていないから、自己負罪拒否の特権は侵害されていないと結論づけてしまうのである。つまり、原判決は、①登録申請をするとき、旅券を提出できず、上陸した出入国港……等を空欄にしたまま申請書を提出したこと自体をもつて、不法入国の告白とはいえず、②また空欄のままの申請をもつて不法入国事実の申告であるともいえず、空欄はあくまで当該事項について記入されていないだけであつてそれ以上の意味をもたない、③陳述書や理由書の記載要求に応ずるか否かは申請人の任意の意思にまかされているし、市区町村職員による調査質問の場合も同様である、④空欄のままの申請や陳述書・理由書の記載要求に応じないことは、不法入国事犯発覚の端緒となりうることは否定できないけれども、だからといつて不法入国の事実について自白を強要しているとはいえない、と各手続を分断して自白の強要にならないと判断するのである。

旅券を提出できなかつたり、空欄のままの申請書を提出する行為が、空欄が空欄以上の法的意味をもたないのであれば、なぜ法的にあるいは取扱い上陳述書や理由書の記載要求が可能なのか、陳述書や理由書の提出が何を根拠に申請人の任意の意思によると判断できるのか、空欄のままの申請や陳述書・理由書の記載要求がなぜ単なる不法入国事犯発覚の「端緒」にすぎないと判断できるのか、そしてなぜ自白の強要にはならないといえるのか、全く理由を明らかにしていないのである。憲法三八条一項の判断は、前記最高裁判例も指摘するように、刑事責任を問われる「おそれ」についての「実質的」判断でなければならないのである。

七、よつて原判決は憲法三八条一項に違反し、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

第二点 〈省略〉

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